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2005年9月

2005年9月23日 (金)

インセクトフェア

東京で行われた、第49回インセクトフェアに息子と行ってきた。
大坂で行われるインセクトフェアには毎年行っていたが、東京は始めてである。

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会場は奇妙で赤いオブジェの有る大手町サンケイプラザだった。
車で行ったが、近所の駐車場は何処も満車で入れず、結局路上駐車をしてしまった。

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途中の渋滞、駐車場探しに時間を取られ、会場に到着したのは3時半過ぎ。
入場の際には、もうすぐ片づけが始まるが良いかと聞かれた(^^;;;
ここまで来て手ぶらで帰れないので入場。

客はまだ沢山いたが、店じまいを始める店もちらほらあった。
目標を達成してしまったのか、はたまた全て売れてしまったのだろうか。
それにしても規模の大きさに驚かされた。
関西の倍以上の規模と出店である。
まずは駆け足で全てを眺める。
空きスペースの多い標本箱が多く、掘り出し物は無いと実感。
さらに2回目に行くと店じまいしてしまったり、店じまいを開始した店が多くなり、打ち上げの話に花が咲いている。
やはり遅かったか・・・
結局、未採集産地のコルリを少々購入し、私のフェアは終わった。
それから久しぶりに、修理工Tさんにお会いしたので、ホソツヤの話をした。

フェアには早めにいかないと駄目ですね。
次回は電車でいきます。

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<プラチナコガネとか・・・あいてる所にはどんな虫がいたのかな?>

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<大陸のパルナシウスとか>

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<オオスミヒゲナガは安くなりました・・・が、まだまだ高価です>

2005年9月21日 (水)

後藤田正晴氏死去

ミナミコルリ採集に徳島県の雲早山は土須峠に何度も通った。
関西からは、淡路島を抜け、徳島道に入り、阿波インターを降りる。
県道12号を通って、右折して瀬詰大橋を通って吉野川を越える。
国道193号をずっと南下し進むと到着である。

国道193号は山間の道で、途中標高はさほど高くないが、くねくねとした細い山道を通り過ぎる。
ここが美郷村である。
山の斜面に石積が壁のように斜めに敷き詰められ、その上に、家々がぽつん、ぽつんと畑の間にある。
何百年も変わらなかったのではないかと思うような、都会から完全に取り残された、昔ながらの風景がそこにある村である。

ここが後藤田さんの生まれ故郷である。
風景も、村の名前もとても綺麗で、ここを通る時には速度を落とし、とても印象深い場所だった。
ここが後藤田さんの生まれ故郷と知ったのは、2回目の土須峠採集後だったように思う。
自分の尊敬する政治家の生まれ故郷が、とても気になって鮮明に記憶していた場所だったので、びっくりした記憶が有る。

そして今日、後藤田さんが亡くなったとの訃報を聞いた。
9月19日に肺炎で亡くなっていたそうである。
小泉政権圧勝の後だけに何ともやるせない思いである。
マスコミの報道も質素で、あれほど選挙前は元気だった小泉批判をぱったりとやめてしまい、ひどい評論家にいたっては180度変わり、小泉びいきに変わってしまったふとどき者が出始めた、昨今の風評との因果関係を考えてしまうほどである。
馬鹿な国民と政治家が蔓延する世の中に、とうとう嫌気がさしたのではないか。

いずれにしても、本物の政治家がとうとう日本からいなくなってしまった。
残念でしかたがない。

2005年9月19日 (月)

オリーブ

オリーブの木を植えた。

オリーブは、平和の象徴と言われている。
これは旧約聖書に書かれているノアの箱舟に由来しているらしい。
大洪水の後、ノアが外の様子を知るため箱舟から鳩を放ち、この鳩がオリーブの枝をくわえて戻ったので、ノアは平和が戻ったことを知ったのである。
つまり、鳩とオリーブは平和の象徴のセットと言うわけである。
鳩が好きかと言えば、カラスよりは若干好きだが燕ほど好きでは無い。
現代においては、平和呆けの象徴のようにも思えてしまう。
一方オリーブはどうかと言えば、平和とはあまり関係ないが、印象がとても良い。
なぜなら、パスタの好きな我が家にオリーブオイルはかかせず、いつも特大が置いてある。
また、塩漬けのグリーンオリーブ、完熟のブラックオリーブなど実も大好きだ。
マティーニに必須の飾りで有る点もイメージを良くしているように思う。

東京に引っ越してから妻はオリーブを植えたいと言い続けていた。
関西に住んでいたため、オリーブの植えられた家や観光スポットが多かった影響も有るだろう。
私が印象深かったのは、「須磨海浜水族園」の周りの植え込みのオリーブである。
おとなの背よりも高く、3、4m程度に伸びた木の枝には、木の実がたわわに実っていた。
子供が採って採ってとせがんだり、食べられるのかと何度も聞いた事を思い出す。

当初、東京で探してみたがなかなか見つける事が出来なかった。
しかし、青葉台のドイトにたまたま行った際に売られているのを発見した。
少し小さめで、高さは40cm程度の鉢植えのオリーブである。
家の玄関先に、直径30cm、深さ50cm程度の穴を掘り、栄養価の高い土を入れて植え替えた。
大きく育つのだろうか?
東京の冬は大丈夫なのだろうか?
何年経てば実がなるのだろうか?
家族で話しながら植え替えた。
そして最後に0歳の娘と一緒に写真を撮った。
オリーブも娘も元気に大きく育って欲しい。

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2005年9月 4日 (日)

ラジオ会館

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これは、秋葉原ラジオ会館7階に有る、「パソコン発祥の地」の碑である。
ここは昔、パソコンショップのメッカだった。
NECを始め、富士通、日立などのショップと共に、小さなショップがひしめいていた。

私も学生時代、毎週のように訪れた。
倶楽部ごひいきの「ブレーン」と言うショップがあったのである。
20年ほど前の話である。
8bitのPC(FM7やPC80、Level3・・・)が30万、5インチのフロッピーディスクドライブが20万、その2Dのメディアが10枚で1万もした時代である。

今はご存じのように、おたく達の総本山となっている。
私も、海洋堂のフィギアが好きで、昆虫を中心にいくつか持っている。
そして、本日息子と出かけて行った。
ガンダム好きな息子との約束だったのである。
関西時代、息子と日本橋に行った時、
「関東には、日本橋よりもガンダムのプラモやフィギアが沢山売っている秋葉原と言う町があるんだよ。元々ここと同じで、電気屋街なんだけどね。もし、関東に引っ越す事があったら、連れて行ってやるよ・・・」
と言う会話がなされたのである。
言った時は、本当に引っ越すとは思ってもいなかった。

秋葉原は、新しい駅などもできて綺麗になっていた。
ラジオ会館に到着すると、息子はかなり驚いた様子であった。
そして、時間が経つほどに、楽しそうであった。
求めていたガンダムのフィギアも手に入れたようである。
私は、手に入れていなかった「トノサマバッタ」を500円で手に入れた。

2005年9月 3日 (土)

ぶなの木

家を購入する前、直ぐ近くに「ぶなの木」と言う季節料理の店が有る事を野村不動産の案内で知り、楽しみにしていた。
山毛欅林が好きな私としては、まず名前が気に入った。
また、酒好きな私としては、会社の帰りに寄ったり出来る行きつけの飲み屋に出来るのではないかとも考えていた。

しかし、夢ははかなくも消えた。
引っ越しが落ち着いた後に行ってみると、既にお店はつぶれていたのである。
そして売りに出されていた。
ぶなの木の看板は寂しそうに、そのままの状態で立てかけてあった。
看板の横の張り紙の赤字の方が目立ち、看板よりも威張っているようであった。

今、いきつけの店はない。
よさげな居酒屋も見つかっていない。
でも、近所に美味しいソーセージ屋が有る。
真夜中までお酒を安く売っているスーパーも有る。
つまり、家で飲むには事欠かないのである。
が、ちょっと寂しい。

そして今日、「ぶなの木」の前を通ると、店は解体中であった。
看板は既になくなっていた。
両脇の家との境界をビニールシートで覆い、ユンボで全てを平らにしていた。
ぶかぶかのズボンをはき、3人のおっちゃんが黙々と作業を行っていた。

何が出来るのだろうか?
山毛欅の木はなかったが、ぶなの木の跡である。
少し期待をしてみようと思う。

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